「卒業記念アマゾン川横断リレー」
ブラジル連邦共和国 マナオス日本人学校
教諭 戸井道彦
マナオス最後の1年,さらに生まれて(たぶん今後も含め)初めての,小学生の担任ということで,何か思い出に残る大きなことをしてみたいとずっと考えていました。そこで思いついた(実は,前々からやってみたいと思っていたのですが)のが,「卒業記念アマゾン川横断リレー」でした。これは,毎年12月に,「トラベッシア・タマンダレ」という,要するにアマゾン川を泳いで横断するという大会が開かれています。それに習って,卒業記念として,小学6年生の児童とその保護者による水泳のリレーでアマゾン川を泳いで渡ろうとしたものでした(ちなみにアマゾン川の川幅は,約9,200mです。一人では無理でも,何人かで力を合わせれば,できるのではないかという発想です)。
それを実行しようと決心したのが,12月(2学期終業式の前日です)。校長からも許可を得,6年生の保護者にも聞いてみたところ,全ての保護者から「先生ぜひやりましょう」といううれしい返事が返ってきました。急なことだったので,取りあえず6年生の児童と保護者と担任による有志のイベントいうことでスタートしました。早速あちこちに電話をかけ,情報収集。次に,安全確保のために,アドバイザー役のスイミングスクールのインストラクター,伴走用ボート,待機用大型船(母船)の手配など,実施に向けての準備をしていました。インストラクターは,毎年アマゾン川横断の大会に出場している2名のブラジルの人が協力してくれることになりました。(そのうちの一人は,アマゾン川初横断が7歳のとき,以後ブラジル代表として,南米大会で優勝したことがあるというものすごい経歴の人が協力してくれることになりました。)
アマゾン川を泳いで渡る,しかも子どもたちと一緒ということであれば,海軍(カピタニア・ドス・ポフトス)と,未成年者の裁判所(ジュイザード・ジ・メノウ)に申請し,許可を得ないといけない,さらに,許可を得るためには医者と看護婦を各1名以上が必ず同行すること,消防署(コーポ・ジ・ボンベイロ)の協力を得ること等,実施に向けて必要なことが次々に出てきました。「大変だ」と思いながらも,今更やめるわけにはいかないし,地道にこつこつと準備を進めていきました。
そうした中,日本文化振興会(マナオス日本人学校の学校運営委員会)でこの企画を支援してもらえることになりました(費用の一部を負担してもらえることになりました)。さらに,総領事館からは,ライフセーバーの資格を持つ職員の方が同行してくれることと合わせ,総領事も安全確保のために,当日消防艇を手配してくださることになりました。それまでは,有志の取り組みとして細々と行っていたものが,とたんに大がかりになってきました。
ある日,協力の依頼のため,総領事に同行して消防署へ行って来ました。車を玄関につけると,所長(司令官)自らお出迎え。さらに,各部署の隊長約20名が廊下の両側にずらりと並び,その間を通って所長の部屋に通されました。とんでもない場違いな雰囲気の中,当日の安全確保の対策が次々に決まっていきます。その内容がまたすごい。高速艇2艘を泳者の左右の斜め前方に配置し,前方及び側方から来る船を全てシャットアウトし,じゃまにならないところを迂回させる。後方にも高速艇を1艘配置し,後方の安全確保。泳者のすぐ近くにはジェットスキーを走らせ泳者を完全にガードするというものです。各船とジェットスキーには,それぞれダイバーが常に複数名乗船しており,水中のアクシデントに即座に対応。さらにゴール予定地には救急隊員がテントを設置し待機して,いざというときの対応にあたる,そして随時ヘリを飛ばし,上空からも安全確保を図るという内容でした。総領事館(=日本国)が後ろにつくと,こうまで違うのかということを痛感しました。
そうした準備と同時進行で,水泳練習。休み時間を使って毎日学校のプールで,休みの日には,参加する保護者も一緒にアマゾン川での水泳練習を行いました。
実施前日に,総領事館で行われた消防署との作戦会議にも出席したのですが,私の色々な質問に対し,当日の指揮官は,「今回の作戦における我々の任務は,スタートからゴールまで日本人学校の泳者の安全を確保することである。それに必要な訓練を平素から我々は受けているし,そのために必要なスタッフと設備は全部そろっている。我々を信頼して任せて欲しい。」と答えました。さすがプロという感じがしました(当日の消防署の働きを見て,この言葉に全くうそはないということがよくわかりました)。
いよいよ当日,(2004年1月31日)。一番の心配は天候でした。雨,風などで川の状態が悪ければ,中断,中止ということにもなります。この時期は,雨季の真っ最中。日本の梅雨のような時期でほとんど毎日雨が降っています。ところが,当日は,快晴無風。なんと,テレビ局まで取材に来る大騒ぎです。
泳者とその家族(主に6年生の児童と保護者と担任とその家族及び趣旨に賛同し一緒に泳いでくれる有志です)と運営の協力者(医者,看護婦,総領事,インストラクター,日本人学校職員等)を合わせ,総勢約60名。午前7時50分頃,手配した大型船に乗って対岸へ向け出発。午前8時30分頃対岸に到着。スタート準備。
午前8時47分,花火の合図でスタート。第一泳者の小学6年生の児童とともに,私も泳ぎ始めました(アマゾン川の水の色はコカコーラ色です。水中での視界はほとんどありません。泳いでいる自分の指先が見えません)。一人10分ずつ泳いで交代。わがクラスの6年生児童は,第1泳者から第4泳者までの4人。とにかく6年生が泳いでいるときは,一緒に泳ごうということで,40分間泳ぎました。そして,児童生徒12名,私を含めた保護者等の大人が8名の合計20人で次々とリレーを行っていきました。母船(大型船)には,泳者の家族と運営協力者が乗っていたのですが,和気あいあいとした雰囲気の中,熱心にみんなで応援しました(マナオス日本人学校の特徴です。子ども同士,親同士の関係も良好で,みなさん非常に協力的です)。
スタートからゴールまで6時間を見込んでいました。ところが思った以上のハイペース。スタートから約4時間半でついにゴール。
6年生4人と担任の私で,最後の500mを一緒に泳ぎ,砂浜にたどり着いたときは,何とも言えない達成感と充実感でした。その後は,泳ぎたい希望者(泳者のほとんどです)が第2陣としてゴール。砂浜から,家族が見守る母船に向かって,「万歳」を繰り返しました。母船からもやんやの喝采。
有志の行事ということでスタートしたもので,当日以外は,ほとんど私一人で準備,段取りをつけなくてはならず,本当にしんどかったですが,やってよかったという気持ちでいっぱいでした。参加してくれた子どもも大人も,それぞれにすごい満足感をもっていました。途中から日本文化振興会,領事館,消防署,海軍,裁判所と思った以上に大がかりなことになってしまいましたが,私の突拍子もない思いつきに実に多くの方々が賛同,協力して下さり,天気,メンバー,タイミング等全てのものに恵まれ,「卒業記念アマゾン川横断リレー」が大成功に終われたことをとても幸せに感じました。